1 遺留分侵害に関する改正の内容
相続法改正により、➀遺留分権利者の権利は、遺留分侵害額の請求という金銭債権だけとなり、②侵害者=支払義務者には、相当の期限を許与することが可能であり、③遺留分算定の基礎となる相続人に対する贈与は、原則として相続開始前10年間の贈与に限定された。
所有権(財産)の移転先を重視する信託行為説(信託財産説)は、相続法改正前の遺留分減殺請求(の物権的効果と現物返還の原則)と親和的であった。しかし、相続法改正後の遺留分制度では、遺留分侵害額請求という金銭債権に変更された。そこで、この改正が及ぼした影響について検討する必要がある。
2 相続法改正による影響
信託行為説では、信託の設定行為によって侵害された額に相当する金銭債権が発生し、請求の相手方は受託者となる。この金銭債権に係る債務は、信託財産責任負担債務になると考えられるが、受託者の固有財産まで引き当てになるのか?それとも信託財産に限定された信託財産限定責任負担債務なのか?は難しい問題である。筆者としては、信託法21条2項各号には該当しないので、信託財産に責任財産を限定しない信託財産責任負担債務であり、信託法21条1項9号「信託事務の処理について生じた権利」に係る債務と考えたい。なお、受益権説を支持する道垣内:信託法第2版67頁は、「受託者が固有財産で負担する理由はなく、したがって、受託者はその支払いを信託財産に属する財産をもって行うこと、または、固有財産に属する財産をもって行ったうえで、信託財産から償還を受けることができる(信託法48条1項)。しかし、そうすると、他者の遺留分を侵害しないかたちで受益権を取得した者が存在するときにも、信託設定全体が影響を受けることになり、・・信託法の詐害信託の規律(善意の受益者保護)と一貫しない。」としている。
また、遺言代用信託の設定により共同相続人の1人が受益者となった場合、信託設定が10年以上前であれば、信託設定時=遺留分侵害時とみて、遺留分算定の基礎に算入されないと考えられるのだろうか?筆者としては、死因贈与の対象財産も遺贈と同じく「被相続人が相続開始の時において有した財産」に含まれるので、遺言代用信託の場合にも、死因贈与に類する扱いとして、信託財産が遺留分算定の基礎に算入されると考えたい。
なお、仮に、受託者が信託財産を換価処分して遺留分権利者に金銭を交付する場合には、改正前と同じく、信託破壊の問題が生じる。また、信託財産の減少に対し、受託者の信託事務として金銭調達権限が求められるとともに、受託者の固有財産からの支払いが問題となりうる。
受益権説では、受益権の帰属により侵害された額に相当する金銭債権が発生し、請求の相手方は受益者となる。この金銭債権は、受益者に対する金銭債権となり、その引き当ては受益権に限定されず、受益者の財産全体が引き当てになる。なお、受益権価額の評価が、信託財産の評価と比較すると困難である点は改正前と変わらない(ちなみに信託財産説においても、遺留分権利者(相続人)が受益権の一部を取得した場合には、遺留分侵害額を算定するにあたって、同人が取得した受益権の価額を評価して遺留分価額から控除する必要がある。)。
また、委託者=第一受益者の死亡時に受益権を取得する受益者が、相続開始時に現に受益的給付を受けていない場合でも、請求があれば遺留分侵害額の支払いを負担しなければならない。このとき、直ちに金銭が準備できない場合には、「裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、金銭債務の全部又は一部につき相当の期限を許与することができる(民法1047条5項)」が、この相当期限の判断は容易なものではないであろう。さらに、遺言代用信託(=委託者が第一受益者となる後継ぎ遺贈型受益者連続信託)では、第二受益者(子)の死亡時に受益権を取得する第三受益者(孫)に対する遺留分侵害額請求も考えられるが、現に存在する第三受益者(孫)の受益権の利益享受が開始されるまで期限の許与をするのか?委託者=第一受益者の死亡時点に第三受益者(孫)が存在していない場合にも遺留分侵害額請求ができるのか?も難しい問題である。